「偏愛」がある人は最強!?そのメリットと「偏愛」の見つけ方を解説


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(僕にとってコーヒーは偏愛の対象かも笑)

 

こんにちは、りょたろです。

 

今日こんなツイートをしました。

 

 

「偏愛」というものについて書いたツイートですね。

 

これについて、自分の思いをもっとしっかりとまとめておきたいなと思ったので、今回は「偏愛」をテーマにブログを書こうと思います。

 

「偏愛するものがない」「好きなことや趣味がない」といった悩みを持つ人には、共感できる部分やヒントになる部分もあると思うので読んでほしいです。

 

 

この記事を読むメリット

 

  • 「偏愛」の重要性がわかる
  • 「偏愛するものがない」「好きなことや趣味がない」といった悩みの解決方法がわかる
  • 「偏愛するもの」や「好きなこと」を見つけるための第一歩がわかる

 

ぜひ最後まで読み進めてみてください!

   

 

「偏愛」を持つ人は強い

先に結論から言います。

 

「偏愛」を持つ人は強いと思います。

 

うん、本当に強いと思います。

僕はそういう方々が心底羨ましいです。

 

その理由をこれから2つ挙げていきます。

 

理由①人生が楽しくなる

これは「偏愛」を持っている人ならわかるのではないでしょうか?

 

自分が没頭したり大好きなことをする時間って、恐らくとてつもなく幸せなものです。だって「偏愛」していることなのですから。

 

となれば「偏愛」を持つことは人生の中で幸せの時間が増えることと同義であり、 

 

結果、人生が楽しくなるということでもありますよね。

 

事実、自分が「偏愛」していることをとことんやっている人は、みんなキラキラして見えます。

 

 

理由②現代は「偏愛」で価値を生む

現代は「偏愛」で価値を生むことができる時代です。

 

例えば動画を「偏愛」する人。

昔なら動画・番組制作会社という選択肢しかなかったかもしれませんが、現代はそれに加えて個人で動画を撮影し、編集してYouTubeやTiktokといった動画プラットフォームにアップし、そこで価値を生むことができます。

 

他にも例えば、

 

絵を「偏愛」している人ならデザイナーだけでなく、Instagramで自分の絵を発信したり、LINEスタンプを作って価値を生めます。

 

書くことを「偏愛」している人ならライターだけでなく、noteやブログを書いたり、Twitterで発信をする中で価値を生めますね。

 

プログラミングを「偏愛」する人なら、プログラミングはもちろん、そのプログラミング情報をTwitterやYouTubeで発信したりするこことでも価値を生めます。

 

このように昔と比べて現代は自分の「偏愛」を世の中に届けて価値に変えるための選択肢が多くなりました。

 

すなわち現代は「偏愛」で価値を生める時代なわけです。

 

「好きなことを仕事にしたり価値に繋げるのは難しい」というのは今や昔の話なのかもしれません。

   

「偏愛」がない僕

そんな「偏愛」が重要視される時代に生きたにも関わらず、僕はこれまでの人生、そして今も現在進行形で「偏愛」するものがありません。

 

「まあまあ好きなこと」ならあります。

プロ野球観戦、k1(キックボクシング)観戦、ガジェット情報収集などなどです。

 

しかしこれらは全て「好き」ぐらいのレベルで「偏愛」ではないと思います。毎日情報を追うわけでもないですし、何なら飽きる時期もあります。

 

この現状に僕は強い「焦り」を感じました。

 

  • 何か好きなことを探さないと!
  • 誰にも負けない「偏愛」を探さないと!
  • 「好き」で生きるために「好き」を探さないと!

 

でもそんなこと思って行動しても、全くと言ってよいほど見つかりませんでした。

 

そしてその状況にまた焦りました。

 

その結果、僕は「偏愛」を探しては「焦る」という負の連鎖の中で生きてきました。

 

 

「偏愛」が無い事に焦るのは無意味

僕はその負の連鎖の中で生きる中で、いつしか「偏愛」の対象が無いことへの焦りを解消する方法を探していました。

 

この状況をなんとかしたい。

早く自分の「偏愛」を見つけてこの連鎖を終わりにしたい。

 

しかしそんなものはどこにもありませんでした。どこまでいっても「偏愛するものがない」、その結果「焦る」。これが永遠に続く。

 

そしてその間も、時代は「偏愛」が価値を生む時代にどんどん拍車をかけていきます。

 

正直疲れました。

この時代の中で「自分が偏愛するもの」を探すことに。

それが見つからないことに焦ることに。

 

なぜこんなことをしてるんだ。

なんで僕だけこんな辛い思いをしないければいけないんだ。

 

そして僕はある決断をしました。

 

『もうやめよう。』

 

「偏愛」を探すことも、焦ることも、すべてやめよう、と。

 

理由は

「それはただただ自分が消耗するだけだから」

 

自分の消耗しか産まないことを続けていても、当たり前ですが楽しくないです。自分がつらくなるだけです。

 

なのでやめました。

ただ一方でやはり「偏愛」を見つけたいというのは、自分の欲でもありました。

 

なのでやり方を変えました。

 

「偏愛」を探すのではなく、

それより一歩手前の、「おもしろそう!」という感情にもっと素直になることを始めました。

 

「偏愛」というのは「偏(った)愛」と書く通り、かなり強い性格のものを指すと思います。

 

それが見つからないのならば、その原点にあたる「おもしろそう!」を探そうではないか。

 

そもそも「偏愛」は「好き」が進化したものであり、「好き」はそもそも「おもしろそう」が進化したもの。よって「おもしろそう」を経ずに「偏愛」は生まれることはありません

 

(解説)おもしろそう!→好き→偏愛

 

なのでまずは「おもしろそう!」という感情に今まで以上に意識を向け、なるべくその感情に従順になってみることから始めました。

 

具体的には、少しでも興味があったり、おもしろそう!と思ったことにはとりあえず足を突っ込むようにする。

 

後先考えずまずはやってみる

 

続けたければそのままやればよいし、違うと感じたらやめる。

 

そうしたらとても心が軽くなりました。

 

そしていろいろなことを経験できて知識も広がるという副産物もありました!

 

更に、もしかしたらこれは?という少し強めの「好き」も見つけることができました!

 

なので僕と同じように「偏愛」するものがなく悩んでいる人には、まずは「おもしろそう」という感情にしっかりと向き合ってみることをオススメします。

 

自分の「おもしろそう!」という感情に素直に向き合ったことは、意外とないものです。

 

今一度自分の「おもしろそう!」をしっかりと観察することから始めてみましょう。

 

「偏愛」に対する考えのまとめ

長くなりましたが、

今回の記事で言いたかったことはこれ!

 

  • 「偏愛」があるのはマジで強い
  • でも「偏愛」が無い事に焦らなくて良い
  • 「偏愛」が無い→「おもしろそう」に向き合おう

 

肩の力を抜いて、自分の気持ちに素直に反応してあげることが大切ですね。

 

同じような悩みを抱えていた人のヒントになっていれば幸いです。

 

ではまた!